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津地方裁判所 昭和39年(ワ)203号 判決

原告 木下善寿 外二名

被告 朝倉龍達 外二名

被告相互貿易株式会社補助参加人 名古屋殖産株式会社

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判。

原告ら三名訴訟代理人は請求の趣旨として

被告朝倉龍達は訴外三重産業観光有限会社に対し別紙物件目録〈省略〉記載の各土地(以下本件土地と略称する。)について津地方法務局磯部出張所昭和三五年五月二三日受付第四三四号および津地方法務局磯部出張所昭和三九年七月三日受付第三八七号をもつてなした各所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

被告相互貿易株式会社は訴外三重産業観光有限会社に対し本件土地について津地方法務局磯部出張所昭和三七年六月二日受付第三三一号をもつてなした各所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

被告吉田太万は訴外三重産業観光有限会社に対し本件土地について津地方法務局磯部出張所昭和三九年八月三一日受付第五九二号をもつてなした所有権移転請求権仮登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決を求めると述べ

被告ら訴訟代理人は主文と同旨の判決を求める

と述べた。

第二、原告らの主張並びに抗弁に対する答弁

原告ら訴訟代理人は請求の原因として

一、(一)訴外三重産業観光有限会社(以下訴外会社と略称する。)は昭和二八年一二月八日競艇事業を目的とする有限会社伊勢志摩競艇運営委員会なる有限会社として設立登記され、その後昭和三〇年六月志摩競艇施設有限会社、さらに昭和四〇年一月一六日現商号の三重産業観光有限会社と順次商号を変更して現在に至つているものである。

(二) 而して、原告木下は本件土地所在地の三重県志摩郡的矢村(現磯部町)村長の職にあつて、昭和二六年頃から右訴外会社設立の主導者となり、その設立準備段階から伊勢志摩競艇運営委員会なる準備機関(以下準備委員会と略称する。)の代表としてその衝に当つていたものである。

二、(一) 右準備委員会は、訴外会社において成立後直ちにその事業を行ううえに必要とする競艇用ボートを訴外の日本モーターボート株式会社から賃借するには同株式会社の株式を一万株(金五〇万円)位保有しなければならなかつたので、これを買受けたのであるが、準備委員会にはその資金がなかつたため、原告木下は昭和二七年五月一日頃その代金五〇万円の内金三〇万円を右日本モーターボート株式会社に対し立替払した。

(二) 原告一尾は住所地において土木工事請負業を営む者であるが、昭和二八年一月準備委員会代表の原告木下との間に、競艇施設建設用地とするため三重県志摩郡的矢村(現磯部町)渡鹿野地先の海面約一〇五二八平方メートル(一町六畝五歩)の埋立工事につき請負契約を締結し、請負工事代金は金八〇〇万円、その支払を遅延したときの損害金は日歩一〇銭とする旨を約定した。而して右請負工事は同年四月五日原告一尾において完成させたが、請負工事代金の支払は遅延し昭和三一年一〇月現在、原告一尾は準備委員会に対し損害金も合わせて金九九五万円の請負代金等の債権を有するに至つた。

(三) 原告山本もまた住所地で建築請負業を営む者であるが、昭和二八年二月二〇日準備委員会との間に前掲地上の競艇用観覧席建設工事請負の仮契約を締結したが、その際本契約が成立するに至らないときは返還するとの約で右準備委員会に対し契約の保証金として金六〇万円を差入れ交付し、更に右工事の設計を依頼され、その設計費として金一五万円その他諸雑費として金七万円計二二万円の出捐をしたが、右の仮契約は結局本契約に至らなかつたため、原告山本は右準備委員会に対し合計金八二万円の債権を有するに至つた。

(四) しかるところ訴外会社は昭和三一年一〇月八日開催された社員総会の決議に基づき準備委員会が原告ら三名に対して負担している右の各債務については訴外会社が所有する本件土地を売却し、その売得金を以つて支払うこととしてこれを確認、引受けた。よつて原告三名はここに訴外会社の債権者となつた。

三、前記のとおり渡鹿野地先の海面一町六畝五歩が埋め立てられ、その公有水面埋立の竣功認可後該埋立地は本件土地(等)となつたのであるが、本件土地については津地方法務局磯部出張所昭和二八年六月一六日受付第九七号をもつて、まず公有水面埋立竣功認可による三重県知事のための権利の設定又は譲渡処分の制限をなしたることが登記され、その後同年一二月八日訴外会社が設立されたところから、訴外会社が昭和二八年一二月一〇日本件土地の所有権を取得し、同日その登記も了していたものである。

四、右の如く、本件土地の権利譲渡等は三重県知事の許可を受くべき制限登記がなされ、権利の譲渡処分が制限されていたにもかかわらず、訴外会社はその許可を受けることなくして、津地方法務局磯部出張所昭和三五年五月二三日受付第四三四号により、売買を原因として被告朝倉に本件土地の所有権移転登記をなし、又同被告も前同様、三重県知事の許可を受けることなくして、同出張所昭和三七年六月二日受付第三三一号により、売買を原因として被告相互貿易に対し本件土地の所有権移転登記をなした。

したがつて、右の各登記はいずれも公有水面埋立法第二八条によりその効力を生じない売買に基づくものであるから、その登記は無効である。

五、更に被告相互貿易は同出張所昭和三九年七月三日受付第三八七号により、売買を原因として被告朝倉に対し本件土地の所有権移転登記をなしているが、右は実体法上無権利者からの所有権移転登記であるから無効のものであり、又被告朝倉は同出張所昭和三九年八月三一日受付第五九二号をもつて、被告吉田に対し売買予約に基づく所有権移転請求権仮登記をなしているが、これまた右同様実体法上無権利者による仮登記であるから無効である。

六、したがつて、本件土地の所有権は依然訴外会社にあり、かつ被告ら登記名義の前記四、五の各登記はすべて無効のものであつて、訴外会社は被告らに対しその抹消登記手続請求権を有するが、その行使をしないところ、訴外会社には本件土地以外に財産はなく、無資力で他に原告らの債権を満足せしめる一般財産はない。

よつて原告らは前記各債権を保全するため、訴外会社に代位して、訴外会社の被告らに対する右各登記抹消手続請求権を行使するため本訴に及んだ。

と述べ、抗弁に対する答弁として

抗弁一、の事実中登記の事実および訴外会社の自治庁に対するモーターボート競争施行者指定申請が却下されたことは認めるが、その余の事実は否認、本件土地に対する譲渡処分の制限は自治庁の認可、不認可に関係なく、公有水面埋立地であることの性質自体からの制約である。

同二、の事実は争う。原告ら債権は不確定期限付の債権である。

同三、の事実中被告ら主張の日時に本件土地に関する権利の処分制限が解除され、その旨登記されたことは認めるが、その余は争う。

と述べた。

第三、被告らの答弁並びに主張

一、被告ら訴訟代理人は請求の原因に対する答弁として

請求原因一の(一)の事実は認める、同(二)の事実は不知、二の(一)ないし(三)の事実は否認、同(四)の事実中原告ら主張の日時に訴外会社が社員総会を開催したことは認めるが、その決議内容等その余の事実は否認、なお右の社員総会において、会社の資産たる埋立地を売却処分して得た金員をもつて債務の弁済に充てる趣旨の決議がなされた形跡は認められるが、それは会社内部における意思決定にすぎず対外的な意思表示ではない。同三の事実は認める。四、五の事実中原告ら主張の各登記がなされていることは認めるが、その余は否認、六の事実は否認する。

と述べ、抗弁として

一、本件土地に対し、津地方法務局磯部出張所昭和二八年六月一六日受付第九七号をもつて、三重県知事のため公有水面埋立法第二七条第二項に基づく処分制限の登記がなされたことは原告ら主張のとおりであるが、その処分制限は、訴外会社の自治庁に対する本件土地を競争場とするモーターボート競争施行者指定申請が、昭和三〇年一〇月に最終的に却下されたことにより同日その効力を失つた。したがつて被告朝倉龍達が訴外会社から本件土地を買受けその旨登記した昭和三五年以前に既に右の処分制限は効力を失なつた。

二、又仮りに原告らが訴外会社に対して何等かの債権を有していたとしてもその債権は時効により消滅した。即ち、仮りに訴外会社が社員総会を開いた昭和三一年一〇月八日に準備委員会の原告らに対する債務なるものを引受けたとしても右は原告らにおいて昭和三一年一〇月八日から直ちに行使し得るものであるから、同日から消滅時効は進行し、商事債権の時効期間たる五年を経過した昭和三六年一〇月八日に時効は完成した。

又仮りに訴外会社の昭和三一年一〇月八日の社員総会の決議そのものが即対原告ら間における約定と解され、その趣旨が原告ら主張の如く、本件土地を売却して換金したときまで原告ら主張債権の弁済を猶予するものであつたとしても、それは現実に売却処分の終つたときまたは売却処分をなすに必要な相当の期間を経過したときのうちいずれか早い方をもつて弁済期とする趣旨であつたと解すべきであるから(処分しないかぎり永久に弁済期が到来しないという解釈は成り立たぬ。)、本件土地の売却処分に必要な相当の期間はせいぜい一年とみるべきであるから、昭和三一年一〇月八日より一年を経過した後の昭和三二年一〇月八日から消滅時効は進行し商事債権の時効期間たる五年を経過した昭和三七年一〇月八日に時効は完成した。

よつて右いずれにしても消滅時効は既に完成しているのでここに時効を援用する。

三、仮りに右一、二、の抗弁が理由ないとしても本件土地を目的とする訴外会社から被告朝倉へ、そして被告朝倉から被告相互貿易への各売買契約は右処分制限の解除を停止条件とするものであつたところ、同処分制限は昭和三八年八月一〇日解除され処分制限の登記も抹消されたから、右各売買契約は完全に効力を生じたものというべきであり、したがつてその後被告相互貿易が再び本件土地を被告朝倉へ売却し、被告朝倉において被告吉田太万へ本件土地を売買予約した各契約もまた有効であるから、本件各登記が抹消さるべき理由はない。

と述べた。

第四、証拠〈省略〉

理由

一、訴外会社は、昭和二八年一二月八日有限会社伊勢志摩競艇運営委員会なる商号の有限会社として設立登記され、その後昭和三〇年六月に志摩競艇施設有限会社さらに昭和四〇年一月一六日に現商号の三重産業観光有限会社と順次商号を変更したものであること、そして訴外会社はその設立登記直後の昭和二八年一二月一〇日本件土地の所有権を取得してその登記を得たが、本件土地につき津地方法務局磯部出張所昭和三五年五月二三日受付第四三四号をもつて、売買を原因として被告朝倉に対し所有権移転登記をしたこと、次に被告朝倉は本件土地につき同出張所昭和三七年六月二日受付第三三一号をもつて、前同様売買を原因として被告相互貿易に対し所有権移転登記をしたこと、更に被告相互貿易は本件土地につき同出張所昭和三九年七月三日受付第三八七号をもつて右同様売買を原因として被告朝倉に対し所有権移転登記をしたこと、そこで被告朝倉は本件土地につき同出張所昭和三九年八月三一日受付第五九二号をもつて、被告吉田のために売買予約に基づく所有権移転請求権仮登記をしたこと、ところが本件土地は公有水面埋立地であつて、本件土地については同出張所昭和二八年六月一六日受付第九七号をもつて、公有水面埋立竣功認可による三重県知事のための権利の設定又は譲渡処分の制限をしたことが登記され、該登記は被告相互貿易から被告朝倉に所有権移転登記がなされる以前(昭和三八年一月一〇日解除登記)まで存続していたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで原告らが訴外会社に対しその主張するとおりの債権者(金銭債権)であるかどうかの点についてはさておき、原告らが抹消登記手続を求める右各登記の原因たる法律行為の効力について検討する。

成立に争いのない甲第一号証の一ないし一〇、同第六号証の一、二、原告木下本人尋問の結果成立を認められる同第三号証および右原告木下本人尋問の結果を綜合すると、本件土地を目的とする訴外会社から被告朝倉そして同被告から被告相互貿易に対する各所有権移転登記の原因たる各売買については、訴外会社も被告朝倉も三重県知事の許可を受けていないことが認められるが、そもそも本件土地は、訴外会社の競艇事業用地とするべく訴外会社設立の準備機関たる伊勢志摩競艇運営委員会が原告一尾および訴外日東建設株式会社に請負わせて事実上は準備委員会において埋め立てた公有水面埋立地であるけれども、三重県知事に対し埋立免許を受けた者は的矢村であつて、同村が昭和二八年六月一五日その竣功認可を得てその所有権を取得し、同年同月一六日に津地方法務局磯部出張所同日受付第九六号をもつて、右村のため所有権保存登記もなされ、次いで同日同出張所受付第九七号をもつて、公有水面埋立竣功認可による三重県知事のため権利の設定又は譲渡処分の制限をなしたることの登記がされたものであること。それ故に本件土地において競艇事業を経営する目的の下に同年一二月八日設立された訴外会社は、同月一〇日前所有者的矢村から本件土地の贈与を受けたがこの的矢村と訴外会社間の贈与については三重県知事の許可を受け、前掲の所有権取得(移転登記)を得たものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで公有水面埋立法は、第二七条第一項において「埋立地ニ関スル権利ノ設定又ハ譲渡ニ付テハ埋立ノ免許条件ヲ以テ地方長官ノ許可ヲ受クヘキ旨ヲ定ムルコトヲ得」、第二項において「前項ノ規定ニ依リ埋立地ニ関スル処分ノ制限ヲ定メタル場合ニ於テハ地方長官ハ第二十二条ノ竣功認可ヲ為シタル後遅滞ナク其ノ登記ヲ登記所ニ嘱託スヘシ」と規定し、そして第二八条において「前条第二項ノ登記ヲナシタル埋立地ニ関スル権利ノ設定又ハ譲渡ニシテ同条第一項ノ許可ヲ受クヘキモノハ其ノ許可ヲ受クルニ非サレハ効力ヲ生セス」と規定しているが、右第二七条第一項は、都道府県知事等の許可を受けた埋立権者が港湾、河川等のように公共の利害に重大な関係のある場所の埋立をしたときには、その利用等に関し特別の義務を課することの必要な場合があるが、かかる場合、竣功認可により埋立地の所有権を取得する埋立権者に対しては免許条件をもつて右の特別義務を課すことによりその目的が達せられるわけであるけれども、埋立地に関する権利が一旦第三者に譲渡され、又は設定されたときには、その第三者としては埋立権者に対する免許条件の如きものに従う義務がないため、埋立免許権者においては遂にその目的が達せられなくなるところから、埋立免許権者は埋立権者に対して免許条件をもつて埋立地に関する権利の設定又は譲渡について埋立免許権者の許可を受けさせることができるとしたものであり、そして同条第二項により、そういう条件を付したときには、都道府県知事等にその旨の登記を嘱託させることによつてこれを公示して第三者の不測の損害を防止し取引の安全を図つたうえ、同法第二八条は、かかる処分制限に反して埋立権者が第三者に対し埋立地の権利を設定し又は譲渡してもその私法上の効果は生じないものとしたものと解される。なんとなれば、処分の制限といつても、それは埋立の免許条件である以上、埋立権者に対する埋立免許権者の意思表示であつて、埋立免許権者が免許の相手方たる埋立権者に対し一定の義務を命ずるものにほかならないからである。即ち、同法第二七条第二項によつて公示される同法条第一項の処分の制限は対人的なものであつて対物的処分の制限ではなく、埋立権者から譲渡を受けた者や権利を取得した者が更に第三者に譲渡し、又は賃貸するような場合には前記各法条の効力は及ばないものと解するのが相当である。

もつとも、埋立免許権者は第三者に対しても埋立権者に対すると同種の義務を命ずることができるけれども(第三〇条)これについては特段の公示方法がないことからして、その第三者においてその義務に反して当該埋立地の権利を設定し、又は譲渡したとしても、これに対し第二八条を適用することはできないであろう。

本件についてみるに、前認定の事実によれば、本件埋立について竣功認可を受けてその所有権を取得した者、即ち埋立権者は的矢村であつて訴外会社ではなく、而して的矢村が訴外会社に本件土地を贈与したことはついては三重県知事の許可を受けているのであるから、これにより訴外会社が本件土地の所有権を取得した後において、第三者たる同訴外会社から被告朝倉に、そして更に同被告から被告相互貿易に対する本件土地の各売買につき、三重県知事の許可は得ていないけれども、それだからといつてこの右の各売買がその効力を生じない謂はれはないものといわなければならない。

してみれば、右の各売買が無効であることを前提とする原告らの本訴各請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないから棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山忠雄)

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